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株式会社 東京楽天地
昭和12年2月。前代未聞のオフィス街、丸の内での劇場・映画館事業に成功した(株)東京宝塚劇場[現・東宝(株)]の創始者・小林一三翁は、同様の事業を[錦糸町]で行うと発表し世間を驚かせた。町工場や問屋が並ぶ商工業地での展開は、丸の内以上に常識外のことだったのだ。これが“江東楽天地(現・東京楽天地)”の幕開けであった。
無謀な賭とのも思われたこの事業。だが小林翁には期するものがあり、また成算もあった。それは、「仕事と娯楽は生活の両論。だからこそ、大衆に健全な娯楽を提供する」をいう理念。加えて職住隣接のこの地域の人口と、鉄道などの交通の便が良いという地の利である。つまり多大な潜在需要を抱える肥沃な市場と判断したのである。
そこで映画劇場を中心に遊園地、食堂、観音堂と仲見世を擁した大娯楽街=まさに錦糸町を大衆の楽天地=パラダイスにする壮大な構想が打ち出された。同年12月3日、江東劇場・本所映画館が開業。定員1500名、冷暖房完備の規模と施設は、同時の東京でも十指に満たないほど珍しかった。以後、数々の施設が造られ、戦時下もエノケン・ロッパや水谷八重子らの一流の舞台で人々に夢を与え続けた。そして壊滅的なダメージを奇跡的に免れた両劇場は、戦後いち早く復興。宝塚歌劇の上演などを行い、人々の心を勇気づけたという。
戦後が過去となる昭和30年を過ぎた頃、TVの台頭が映画興行に影を落とし始めた。そこで同社は多角化に乗りだす。楽天地天然温泉会館やボウリング場、ゴルフ練習場、サウナ、社会現象となったキャバレー等次々と事業を拡大。と同時に36年、社名を現在の『東京楽天地』に変更したのである。また街の活性化を願う地元の声を請け36年、駅ビルの先駆「駅ビルきんし町」、42年に場外馬券場「ダービービル」を建設。これらの事業は一部を除き、時代に呼応しながら現在へつながっている。
そして現代。大きく変貌を遂げる街の、新しい文化的シンボルとして今年4月20日にシネコン形式の「東宝シネマズ錦糸町」を錦糸町駅北口にオープンする。街とともに発展し、そして「今後もお客様の明日の活力になる娯楽を提供していきたい(相川・金瀧氏)」という想い。それは来年70周年を迎える同社にあって、創業以来不変の思想なのである。
* 現在は「テルミナ」に改築され事業主体はJR東日本に移行。
不動産経営部
次長
相川 隆
総務部次長
金瀧 史郎
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