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株式会社IMAGICA
 その企業がたどってきた道は、まさに日本映画産業とほぼ同じ歩みだったといっても過言ではない。何しろ今も邦・洋画を合わせフィルム現像のシェア50%以上をもち、その社史を見ても多くの名だたる日本映画の誕生に携わっている。むろん、重責を担うだけの技術力と信頼を培ってきたことは言うまでもない。当日、取材を受けて
IMAGICA
頂いた川島彰氏も、かつては黒沢明監督の作品を手がけ、監督の妥協を許さない姿勢に懸命に応えたと述懐してくれた。この企業こそ、映画ファンならご存じのかつての『東洋現像所』、現在の株式会社『IMAGICA』である。
 1932(昭和7)年、米コダック社の日本総代理店だった長瀬商店(後の長瀬産業)の『長瀬徳太郎』氏が、日本映画の故郷・京都太秦にフィルム現像工場を建設。次いで1935(昭和10)年、(株)極東現像所の創立を迎える。周囲の猛反対の中で下した、その先見の明は、映画が娯楽の王の座を占めるとともに明快な答えを出していったのである。
 1942(昭和17)年、社名を『東洋現像所』に改称。戦禍の波を越え、戦後の逞しい日本映画界の復興とともに、やはり事業も再び活況を迎えていった。「隆盛期には1〜2週で封切りが変わるから現場は徹夜続き』(川島氏)というほど繁忙を極めた。

 しかしその映画界にも翳りが見え始める。TVの出現である。減少する映画館に合わせ当然フィルムの需要も減った…。かに思えたが、この新しいメディアの申し子ともいえる“CM”がフィルム現像を活気づけたのだ。そして、一方でTV用のスタジオ撮影や編集、映像効果などの後処理にも積極的に乗りだす。つまり映画だけではなく、“映像”全般に事業を広げていったのだ。
創業当時の先見性は、脈々と受け継がれていたのである。
 その事業の変貌とともに1986(昭和)61年、『IMAGICA』となった同社は、デジタル化が日進月歩の映像産業にあっても常に最前線を走っている。そして現在を新たな創業期と位置づけ、受け身ではなく自らが映像コミュニケーションの新たな価値の創造者となることをめざしはじめた。
川島氏
その描くアイデンティティは、既存の枠に囚われずモバイルやネットなどあらゆるメディアで社会に応える「総合映像技術サービス企業」である。    株式会社 
  IMAGICAトータルサービス
  東京映像センター
  中央監視室 
  管理長 川島 彰
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